「やりすぎ」節税は許さない 厳しく追及される富裕層=加藤結花
<あなたの資産も丸裸>
コロナ禍を経て国税当局の税務調査が「進化」を遂げている。税務調査のパフォーマンス向上を目指し、申告漏れ額が大きい事案、悪質な不正が見込まれる事案などを優先的に調査。実地調査の着手に制約があるなかで、調査の効率化を急ぎ、成果を上げている。(税務調査 特集はこちら)
狙われた「鬼滅の刃」
今年7月には法人税など計約1億3700万円を脱税したとして東京地検特捜部が、アニメ「鬼滅の刃」の制作会社「ユーフォーテーブル」(東京都)の社長を法人税法違反などで在宅起訴、法人としての同社も起訴した。同社が運営するカフェの売り上げの一部を除外する手法で所得を隠していたという。任意の税務調査とは異なるが、東京国税局査察部の強制調査で金庫から約3億円が見つかったとされる。大ヒットアニメの関係者が起こした事件だけに、「脱税を許さない」という国税の姿勢を世間に強く印象付けた。
国税庁が11月に発表した2020事務年度(20年7月~21年6月)の所得税、消費税の調査などの状況によると、実地件数は約2万4000件(前年度約6万件)と大幅に減少。一方で、申告漏れなどがあった場合に追加で課税される追徴課税は、実地調査1件当たり224万円(同166万円)と増加した(表)。
特に、大口の有価証券や不動産などを持つ富裕層の1件当たりの申告漏れ所得金額は2259万円(同1767万円)と過去最高額となった。また、「簡易な接触」とされる文書や電話での納税者への接触の回数を前年比で10万件以上増やすなど、実地調査以外の手段も駆使し、コロナ禍でも追及の手を緩めていない。
「待った」かかる節税策
国税は富裕層、特に海外に資産のある個人の申告漏れなどに目を光らせている。税逃れを目的とした無申告や悪質な仮装・隠蔽(いんぺい)だけでなく、過度な節税策にも「待った」をかけることもある。昨年6月に国税不服審判所で裁決された事案では、海外に不動産を持つ納税者(Aさん)が申告した建物の減価償却費が過大な計上であると認定された。
税務調査では、その結果に納税者が納得できない場合は、税務署長らに「再調査の請求」や、第三者的な立場で裁決する国税不服審判所長に「審査請求」できる。同ケースではAさんが審査請求を行い、棄却された。
裁決書によると、Aさんは投資物件として米国の不動産(土地・建物)を購入。売買契約書の書面には、土地と建物それぞれの価格に対する内訳の記載はなかったが、売買した当事者間で土地比率20%、建物比率80%の物件を購入することで合意され、物件の紹介者から渡されたパンフレットにも同趣旨の記載などがあることを根拠に、Aさんは申告を行った。
不動産においては、マンションやアパートなどの建物やその付属施設などは時がたつことで価値が減っていく「有形減価償却資産」とされ、減価償却費が経費として計上できる。そのため、一般的に土地より建物の取得金額の割合が高い方が減価償却を利用することで納める税額は抑えられる。当局は「購入代金が明らかではない場合は、租税負担の公平、実質主義の観点から、合理的な方法によって土地と建物の取得価格は区分する」と主張する。
調査の結果、Aさんが一括購入した土地建物の価格配分が建物にウエートを置き、過度な節税目的と税務当局は認定。Aさんの主張は認められなかった。
富裕層は日本より節税効果があると考え、海外に資産を持つケースが多い。税理士法人タクトコンサルティングの遠藤純一・情報企画部課長は「やり過ぎだと判断されれば指摘される。海外の事案でも適切にデータの入手ができる時代で、英語の資料などを読み込める調査官もいる。海外に資産があれば安全だということはなく、むしろ富裕層を狙って当局の調査が入りやすいと考えたほうがいい」と語る。
多額の資産を持つ富裕層が悩ましいのが、それを子や孫などに渡すタイミングと方法だ。扶養する家族の生活費など日常的なお金を渡す場合などは非課税だが、原則、年間を通じて個人が受け取った財産の総額が110万円以上になると、贈与税が発生する。
画策裏目に
贈与税が課されるのを回避しようと画策したが、裏目に出たケースがある(今年4月裁決)。裁決書によると、継続して金銭の振り込みによる贈与を受けていたBさんは本来ならば所定の贈与税を納めなければならなかった。しかし、金銭による振り込みが贈与ではない「貸し借りの契約」であることを主張するため、「金銭消費貸借契約書」を作成。当局はこれが「真実とは異なる契約書の作成で、仮装・隠蔽などの不正行為に当たる」として、税務署が税務調査により決定した重加算税などの処分を支持し、処分の取り消しを求めたBさんの請求を退けた。
生前贈与を巡っては、計画的に贈与を繰り返していけば子や孫に無税で財産を移転できる。富裕層にとって有利な仕組みとなっていることもあり、格差の固定化の是正、中立的な税制の構築に向け相続税と贈与の一体化が議論されている。
高リスク納税者を抽出
国税庁は効率だけでなく、税務調査の「高度化」を目指している。税務行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)として今年6月に公表された資料では、マイナンバーや法人番号を基に納税者から申告された内容と国税当局が保有する情報とマッチングし、効率的に誤りを把握する「申告内容の自動チェック」、税務調査や滞納整理に必要な金融機関への預貯金の照会などをオンラインで行う「照会などのオンライン化」、そして、将来的にはAI(人工知能)を活用したデータ分析による申告漏れの可能性が高い納税者を判定する「AI・データ分析の活用」などの取り組みを進めている(図)。金融機関へはこれまで対面や書面で照会していたが、NTTデータが提供するオンライン照会サービスを導入している金融機関に対して、10月から照会を開始した。
国税は、全国の税務情報をオンラインで集約・管理するKSKシステム(国税総合管理システム)を税務調査に活用している。調査先の選定などにおける端緒となる当局の「武器」だが、いかに効果的に活用できるかは調査官の力量に左右される。
李総合会計事務所の李顕史税理士は「これまでの調査では、同業他社比較や職員の勘に頼ってきた面が否めない。例えば、同じ水道光熱費で同業他社と比較して売り上げが低い銭湯があれば、売り上げ除外の可能性があるのではないかといった感じだ。AIにより高い精度で税務調査先を絞り込むことができる時代が来る」と注目する。
加えて、国を挙げてのマイナンバーの推奨、26年度に向けたKSKシステムの刷新などの動きも進んでいる。税務調査は今後ますます効率化・高度化し、納税者の資産や申告などに関する情報は「丸裸」となる。もはや調査から逃げ切ることはできない。
(加藤結花・編集部)