パンデミックで露呈した世界の相互依存性をてこに克服案提示 評者・上川孝夫
『未来救済宣言 グローバル危機を越えて』
著者 イアン・ゴールディン(オックスフォード大学教授)
訳者 矢野修一
白水社 3080円
新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)という人類共通の脅威にさらされる中で、人々の生活や社会に何が起きたのか。よりよい世界にするには一体何が求められているのか。国際機関で豊富な実務経験をもつ第一線の研究者が世に問うた渾身(こんしん)の一冊である。
パンデミックは、国内や国家間の保健医療や経済上の格差・不平等を拡大し、人々の命や暮らしを奪い、孤独や精神疾患に悩む人々を増やした。また、人々の「原子化」が進み、社会のタコツボ化が強まった。本書は、こうした世界の状況を豊富な事例やデータで紹介している。
同時に本書はパンデミックがもたらした前向きな変化にも言及する。例えば、エッセンシャルワーカーの役割や科学者・専門家の貢献、家族や友人を持つことの大切さ、自然の重要性についての理解が深まった。政府や自治体、コミュニティーの重要性も浮き彫りになった。また世界がデジタルでつながったために、共通の脅威を察知し、遠く離れた実験室で開発される新ワクチンに希望を託すこともできたと指摘する。
パンデミックの教訓は何か。著者は二つの点を強調する。一つは、システムの「脆弱(ぜいじゃく)性」があらわになったことだ。パンデミックは人々の生活がいかに脆弱な土台の上に築かれているかを示した。この不安定な土台をそのままにして、元に戻ってはならない。もう一つは、世界の「相互依存性」がはっきりしたことだ。脱グローバル化したところで、人類共通の脅威に対抗することはできない。多国間の協調が必要である。
本書には、人類や社会を救うための数多くのプランが示されている。救済の対象は若者や高齢者、教育、ビジネス、都市、途上国から、人権や公共的価値などにも及ぶ。救済策も、パンデミックの教訓を踏まえて、世界規模の貧困の克服、富の再分配の強化、脱炭素の大規模なグリーン・ニューディール、グローバル・ヘルスでの連携や世界保健機関(WHO)の強化など、多岐にわたる。資本主義はこの方向に向かって大胆にかじが切られるべきであり、「新自由主義」時代は終わったと主張する。
100年前のスペイン風邪の後は、大恐慌、ファシズム、第二次世界大戦へと続いたが、人類は度重なる災禍から立ち直り、よりよい社会を目指してきたと著者は指摘する。今また世界には、ウクライナ戦争、核の脅威、ポピュリズムの台頭など暗雲が漂う。より安全で包容力のある未来にしたいという著者の思いが伝わる好著である。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
Ian Goldin 1955年南アフリカ生まれ。オックスフォード大学で修士号と博士号を取得。ネルソン・マンデラ大統領顧問、世界銀行副総裁などを経て現職。専門はグローバリゼーション、開発学。