コロナの「死の恐怖」は乗り越えられるのか 哲学者はこう考える=小川仁志(哲学者)
Q 新型コロナウイルスに感染し、死ぬのではないかと不安です
A 死の恐怖から逃れる唯一の方法は、本当にしたいものを見つめ直すこと
新型コロナウイルスで多くの命が奪われています。特にタレントの岡江久美子さんの死は同年輩だけにショックで、自分にも突然死が訪れそうで不安です。
(アパレルメーカー勤務・55歳男性)
毎日のように新型コロナにより亡くなる人の数が報道されています。誰もが今、明日は我が身ではないかと、死への不安にさいなまれています。いったい、いかにして私たちは死を恐れることなく、日常を過ごすことができるのか。
アメリカの名門エール大学で、20年以上にわたって人気を誇る講義があります。哲学者シェリー・ケーガンによる「死」をテーマにした講義です。講義は書籍化され、日本でも翻訳出版されています。
ケーガンは死を理屈で考えれば、何ら恐れる必要のないものであると喝破します。彼自身は、死後も魂は生き続けるとは考えず、死んだらすべてが消滅するという物理主義を擁護しています。つまり、人間とは人としての機能を果たすだけの存在だということ。したがって、死んだら無に帰すというわけです。
いかに生き抜くか
でも、だからこそ死ぬまでの時間が大事になるのです。ゆえにケーガンは、いかに生きるかという点を重視します。もし、あなたが「死んでもこれをやり遂げるのだ」という強い目的意識を持ち生きているなら、それは死をも恐れず生きられることを意味するのではないかと。
たしかに自分にとっての目的が明確に分かっていれば、それ自体が生きる意味であり、最も価値のあることなのでしょう。ケーガンはただ長く生きられれば、幸せだとは考えていません。人生はただ生きることだけが重要ではないからです。人生は長さだけでなく、質も問われます。そして、その質を決めるのは、自分にとっての価値にほかなりません。
最近、「100日後に死ぬワニ」という4コマ漫画がネット上で話題になりました。平凡な日常を生きるワニの姿が描かれているだけの漫画です。でも、読者にだけは彼が100日後に死ぬことが分かっているのです。なぜ、そんなに人々の共感を呼んだのか。それは誰もが死と隣り合わせの「生」を意識し、今やれることをやり切ることの意義を実感したからではないでしょうか。
生きることは、死と隣り合わせに存在すること。だからこそ、自分が本当にしたいことを見つめ直してみてはどうでしょうか。それが死への恐怖から逃れる唯一の道だと思います。
(イラスト:いご昭二)
シェリー・ケーガン(1956年~)。アメリカの哲学者。道徳・哲学・倫理の専門家として知られ、「死」をテーマにしたエール大学での講義は、同大学で20年以上人気を博している。著書に『道徳性の限界』(未邦訳)などがある。
【お勧めの本】
シェリー・ケーガン著『「死」とは何か』(柴田裕之訳、文響社)
ケーガンの死に関する講義がすべて収められた完全版
読者から小川先生に質問大募集 eメール:eco-mail@mainichi.co.jp
■人物略歴
おがわ・ひとし
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。
(本誌初出 新型コロナウイルスに感染し、死ぬのではないかと不安です/34 2020/6/9)