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国際・政治 東奔政走

「支持率低下は一過性の現象」居直る安倍政権が予備費10兆円を五輪に流用する可能性=伊藤智永(毎日新聞編集委員・論説委員)

霞が関の省庁人事や9月にも想定される内閣改造・自民党役員人事で求心力回復を図ろうとするが……(首相官邸で6月1日)
霞が関の省庁人事や9月にも想定される内閣改造・自民党役員人事で求心力回復を図ろうとするが……(首相官邸で6月1日)

 日本の新型コロナ第1波対策は、海外から「奇妙な成功」(米外交誌『フォーリン・ポリシー』電子版5月14日)と困惑された。政府の打つ手はどれも中途半端で後手に回ったように見えながら、先進国では死者数が際立って少ないからだ。未知の原因による幸運か、政策のまぐれ当たりか、「成功」の理由は分からない。

「奇妙な失敗」

 いずれにせよ結果が良ければ危機に対処した政府は国民に支持されるものだが、その点で安倍晋三政権は「奇妙な失敗」を犯した。不要不急の検察人事問題に深入りしたあげく無用の反発を招き、「自粛ストレス」で不満をかこつ国民に愛想を尽かされた。主要国で政権が支持率を下げたのは、ブラジルと日本だけである。

 毎日、朝日両紙の世論調査で安倍内閣支持率は30%を割り込み、一部に「危険水域」「自民党内に退陣論」とも報じられた。安倍首相が次々と裏目に出た検察人事問題に嫌気が差しているのは事実だが、かといって政権を投げ出したり、自民党内で直ちに倒閣が起きる気配はない。むしろ首相官邸は、緊急事態宣言解除と国会閉会で局面を切り替え、態勢の立て直しに乗り出した。

「支持率低下は誤算が重なったためで、原因は分かっている。一過性の現象だ。済んだことより経済再生と第2波対策に傾注する」(政府高官)。コロナ対策の不人気は広報が下手だった技術的問題、検察人事問題は国会が終わって野党の批判を減らせばじきに忘れられるというわけだ。憲政史上最長政権の居直りと権力維持への執念は半端ではない。

 第2次補正予算案の10兆円という異例の巨額予備費は、政権継続への意思表示に他ならない。財政支出の3分の1も使途を明示せず政府が好きに使えるようにするのは、「国会のチェックは受けない」という大胆不敵な宣告だ。

 春先には、いつまで続くか分からないコロナ対策のため通年国会が必要という議論もあったのに、種苗法など看板法案を先送りしてでも通常国会の会期延長をやめた。慣例では秋に臨時国会が開かれるが、この政権ではそれも怪しい。安保法制で逆風にさらされた2015年後半は、半年以上国会を閉じていた前例もある。

 与党は10兆円を「主に個人や事業者への給付に使う」と説明している。確かに西村康稔新型コロナ対策担当相が「必ず起きる」と言い切る第2波が起きて、全国民に10万円を再度配るとしたら、それだけで12兆円かかる。だが、そもそも全国一律に緊急事態宣言を出したのが適切だったのか疑問は多い。効果も検証できないのに深刻な経済停滞を引き起こす同じ宣言を再び出せるものか。よもや「コロナに勝った証し」(安倍首相)として開く予定の東京五輪の延期経費に予備費が一部回されることはないのか。あるいは政権が行き詰まり、安倍首相がコロナ感染拡大の批判覚悟で一か八か起死回生の衆院解散を打つと決めたら、もっともらしい名目で選挙向けのバラマキに流用される恐れは本当にないのか。続投するには何でもありの政権だけに、巨額予算の使い道を疑いだせばきりがない。

 国会閉会の翌日から始まる東京都知事選では、自民・公明両党で推す小池百合子知事の再選が有力視される。並行して行われる官邸が霞が関の全幹部を一元管理する各省庁人事、さらに9月にも想定される内閣改造・自民党役員人事で、政権の求心力を取り戻そうとする政局運営に、「安倍退陣」の刃を突きつける対抗勢力はおいそれと現れそうにない。来年9月末の自民党総裁任期まで、安倍政権は続くのが依然政治日程の本筋で、政変があるとすれば、五輪延期も中止となり、安倍首相が任期前の退陣を余儀なくされる時だが、今はまだ分からない。コロナ失政で辞める展開は考えにくい。

増幅する官邸内の矛盾

 内閣支持率急落を招いた検察人事問題は、黒川弘務・前東京高検検事長の定年延長を閣議決定したのが発端とされてきた。根はもっと深い。第2次安倍政権で設置された内閣人事局(現局長・杉田和博官房副長官)が各省幹部を「適格性審査」するようになって6年。もちろん法務省・検察庁幹部人事も官邸の審査を経てきた。この間、法務省は官邸に、検事総長の本命候補である林真琴東京高検検事長の事務次官就任案や黒川氏の地方異動案を申請しながら何度も却下され、その都度官邸の意向に従ってきた。法務省がお伺いを立て、官邸に忖度(そんたく)した人事を何年も続けてきた実績の上に、黒川人事もあった。安倍首相が「人事案は法務省が請議してきた」というのは、形式的事実には違いない。

 霞が関の人事権を牛耳る杉田氏は菅義偉官房長官の腹心である。安倍首相の「黒川をほとんど知らない。自分は林でも黒川でもいい」という発言は、そもそも「菅・杉田ライン」の領分だと突き放している。首相が霞が関運営を菅氏の強権支配に丸投げしてきたツケが混乱の源にある。国会閉会後の霞が関人事も「菅・杉田ライン」が仕切る。官邸内の亀裂は上書きされ、求心力回復策が政権の内部矛盾をかえって増幅する。内閣改造で菅氏が留任すればなおさらだが、仮に菅氏が閣外に去ったら即、退陣政局の幕開けである。

(伊藤智永・毎日新聞専門記者)

(本誌 空前の予備費10兆円に透ける安倍政権の執念の「居直り」=伊藤智永 2020・6・16)

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