今年81歳……二階氏はなぜ権力の座にしがみつこうとするのか 菅政権のゴッドファーザーとなった裏に見え隠れする「息子への禅譲」の狙い
自民党新総裁に菅義偉前官房長官が圧勝で選ばれた。安倍晋三首相の辞任表明後、菅氏有力の流れが一気にできた背景には何があったのか。菅氏と二階俊博幹事長という勝負師の素早い動きが浮かび上がってくる。
安倍首相が辞任表明した翌8月29日、森山裕国対委員長の携帯が鳴った。菅氏からだった。「二階さんに会いたい。調整してくれませんか」。森山氏は林幹雄幹事長代理に連絡を取り、菅、二階両氏の会談が決まった。場所は人目を最も避けられる衆議院赤坂議員宿舎。ホテルではどこに人の目があるか分からない。最も安全なのは同宿舎だった。会談には森山、林両氏も同席した。
「息子への地盤継承」
「(総裁選の)選対発足の準備に入りたいと思います。よろしくお願いします」
そう語る菅氏に、二階氏は「応援するからしっかりやって下さい」と応じた。菅政権の最重要キーマンに二階氏がなる流れはこうして決まり、二階氏の幹事長続投が事実上決まった瞬間だった。
この日の電撃会談で一気に流れができたように傍目(はため)からは見えるが、そう簡単ではないだろう。二階氏は周到に準備を重ねていた。二階氏にとっての至上命題は幹事長を続投すること。なぜか。自民党関係者は「二階さんはそろそろ引退だ。自らの選挙区を子息に引き継ぐためにも、幹事長として力を維持していなければならないと考えているのではないか」と推測する。
幹事長を狙うポジションにいるのは菅氏だ。菅氏は官房長官を退任し党務につくことを希望していた。菅氏がやるとすれば幹事長しかない。仮に菅氏が幹事長に就くことになれば、二階氏は副総裁などの名誉職に棚上げされかねない。二階氏の菅氏への接近には、自身の幹事長続投という狙いがあったのではないか。
安倍首相の体調は6月中旬ごろから変調をきたし始めていた。二階氏は6月、7月と菅氏を会食に誘った。「安倍さんの次はあなたしかいない。総裁選に出たら応援する」と促した。
8月20日にも両氏は会食をともにした。3カ月連続の会食に、永田町では両氏の関係の深さに注目が集まり、「ポスト安倍の最有力候補は菅氏」との評価が定まっていった。
しかし、菅、二階両氏ともに、この時点で安倍首相が8月28日に辞任表明することを知っていたわけではない。あくまで首相に何かあった際の対応という前提がついていた。最後の会食でも菅氏は立候補すると明言はしなかったようだ。このため、両氏が最後の腹合わせをしたのが、同29日の会談だった。
秘密裏に行った会談の翌30日には、菅氏が出馬するのではとの情報が永田町に流れ始めた。4者の会談では、水面下で情報をリークしていくことも確認していた。辞任表明2日後には、菅新総裁への流れが着々とできつつあった。
菅、二階両氏の早い動きに付いていけなかったのが岸田文雄政調会長だ。岸田氏にとってのキーマンは麻生太郎副総理兼財務相。麻生氏はたたき上げの菅、二階両氏と必ずしも馬が合わない。菅首相となれば、麻生氏のポストがどうなろうと、常に政権の意思決定に関わる中枢からは外れかねない。
岸田氏は麻生氏の危機感をくみ取り、麻生氏にいち早く協力を求めるべきだったが、岸田氏が最初に会ったのは岸田派名誉会長の古賀誠元幹事長だった。安倍首相の辞任表明当日の夜、岸田派の会合に古賀氏が参加、それを知った麻生氏は態度を硬化させた。
麻生氏と古賀氏の地元は同じ福岡県。長年、両氏は権力闘争を繰り広げてきた。今は岸田派が宏池会を名乗っているが、麻生派の源流も宏池会。岸田派と麻生派に加え谷垣グループが合流する「大宏池会構想」は浮かんでは消えてきたが、それは麻生氏と古賀氏の対立が主要因だ。古賀氏が常々、周囲に「麻生さんか私のどちらかの目の黒いうちは絶対に大宏池会はできない」と語るように、麻生、古賀両氏の対立は根深い。
麻生氏は岸田氏に「麻生派の支持を得たいなら、古賀さんと袂(たもと)を分かってこい」とさまざまな場面で求めてきた。岸田氏と古賀氏が会ったという情報は、麻生氏にとってみれば岸田氏は古賀氏を尊重する路線を選んだと映る。
岸田氏は同30日、麻生氏と面会し支持を求めたが、麻生氏は安倍首相の支持を条件にした。翌日、岸田氏は安倍首相に会うため首相官邸を訪れたが、安倍首相は自らは辞める身として特定候補の名前は挙げなかった。麻生氏はこれを踏まえ、菅氏支持を決め、最大派閥の細田派そして竹下派とともに菅氏支持の記者会見を開いた。
「菅1強」は早計か
この3派による記者会見は今後にしこりを残すだろう。菅氏支持を決めていた二階派と石原派が排除されたためだ。麻生氏からすれば、先行した二階氏への巻き返しのつもりだろう。だが、菅政権が二階派などの主流派と麻生派などの非主流派に分かれる構造を作り出してしまった。菅氏の総裁選圧勝を見て「安倍1強」から「菅1強」に移行すると判断するのは早計かもしれない。自民党内権力闘争の号砲が鳴ったように映る。
(高塚保・毎日新聞政治部長)
(本誌初出 菅氏圧勝の源流にあった二階氏続投 新政権下で鳴った派閥間闘争の号砲=高塚保 20200929)