アメリカFRBがインフレ防止よりも雇用優先に政策変更した理由……「金融緩和より財政出動」が経済学者の中でも主流になりつつあるのか
米連邦準備制度理事会(FRB)は8月27日、新型コロナウイルスによる経済低迷の克服のため、インフレ率が一時的に2%を上回ることを容認する物価目標柔軟化と、雇用最大化の両輪からなる新戦略を打ち出した。この新たな措置が経済学的に持つ意味や、具体的な運用のあり方について、米識者の議論が盛り上がっている。
著名なFRBウオッチャーであるオレゴン大学のティム・デューイー氏は8月28日付の「ブルームバーグ」論説サイトで、「金融政策担当者は近年、より裁量ののりしろが大きい方向を志向してきた。ルールに基づいて金融政策を引き締めたり緩和したりする従来のやり方は、経済状況が急変する局面においては役に立たず、疎んじられるようになった。(インフレ率予想が上がれば政策金利を上げるという)テイラー・ルールや、(失業率が低下すればインフレーションが発生するという)フィリップス曲線理論に依存するFRBは2018年に、物価上昇率を実際より高いレベルに予測し、利上げをやり過ぎた」と指摘した。
ブレイナードFRB理事は9月1日のオンラインイベントで、「FRBは従来、失業が減少すれば物価上昇率が低迷していても利上げを行ってきたが、こうした対応は黒人やヒスパニックなど多くの国民に対する不当な機会損失につながった」と具体的な失敗を指摘し、「金融政策が安定化から緩和にシフトすることが重要だ」と述べた。
さらに、18年当時に利上げを支持していたクラリダFRB副議長も8月31日の講演で、「低失業率と高インフレの相関性は、10年以上前から失われている。時代が変われば経済のあり方も変わる。FRBの政策枠組みや戦略もそれに合わせて変化しなければならない」と踏み込んだ。
こうして従来の金融理論が否定され、経済学のパラダイムシフト(価値観の転換)が起こる中、米ニュースサイトの「アクシオス」は8月27日付の記事でFRBの戦略変更を評して、「米国は新しい中央銀行を得た。過去数十年にわたって中央銀行の主な仕事はインフレ抑制だったが、FRBは実質上それを変更し、(インフレが過熱しても緩和的なスタンスを維持することで)雇用の最大化を優先する方向にかじを切った」と解説した。
緩和より財政出動を
このようなFRBの戦略変更には懸念や批判も出ている。ニューヨーク連銀の前総裁を務めたビル・ダドリー氏は9月3日付のブルームバーグ論説サイトで、「現在のもろい経済回復を改善する決め手にはならない」と断言し、「FRBは過去10年にわたり2%のインフレ目標を外し続けてきたのに、コロナ対策の金融政策による効果が薄れる中で新たな『平均2%インフレ目標』を達成できるとは信じられない。実際に家計やビジネスを助けられるのは、米議会とホワイトハウスによる財政出動だ」と主張した。
デューイー氏も、「FRBの『平均2%インフレ目標』は、達成の基準が短期なのか中期なのか、積極策なのか消極策なのか、はっきりしない。そのため、(市場対話において)不確実性が増す」と分析した。
またデューイー氏は、「もっとはっきりしたガイダンス(ルール)がないと、FRBが13年に緩和からの出口戦略を急ぎ過ぎて市場がかんしゃくを起こした出来事の再来もあり得る」と警鐘を鳴らした。
(岩田太郎・在米ジャーナリスト)
(本誌初出 FRBがインフレ政策変更 経済学の価値観が転換=岩田太郎 20200929)