日本はおろか世界中どこでも「テレワーク率70%」は実現不可能である理由 「生産性低下」のデメリットを回避しながら感染拡大を防ぐ方法を考える
日本は在宅で生産性が落ちる
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、西村康稔経済再生担当相が7月末、各企業における「テレワーク率70%」を経済界に要請したことは記憶に新しい。テレワークは、公共交通機関の利用や職場での密集を避けるには有効な手段だ。コロナとインフルエンザの同時流行が懸念される冬に向け、導入企業が増える可能性もある。
とはいえ、テレワーク率を「70%」まで普及させることは果たして本当に可能なのだろうか。
既に多くの人が指摘しているように、テレワークが不可能な職業・職務というものもある程度存在する。「70%」は、行動社会学と感染症モデルに基づくシミュレーションからはじき出された数字なのか。あるいは単なる希望的観測なのか。まず、世界の最新の調査結果を基に、「70%」の実現可能性について議論したい。
今年4月、欧州生活労働条件改善財団(Eurofound)が欧州連合(EU)27カ国と英国に在住する8万6000人を対象に、テレワークの状況についてオンライン調査を実施した。既にテレワークがかなり浸透した時点での調査であり、対象者のおよそ3分の1が「テレワークを開始した」と回答した。Eurofoundは同様の調査を6月にも実施しており、次の調査報告では、数値がさらに伸びていると考えられる。ただし、テレワークをしている人の4分の1は12歳以下の子供を持っており、うち22%が生活と仕事の両立に苦しんでいるという結果も報告されており、注意が必要だ。
世界最大の経済圏である米国ではどうか。シカゴ大学のジョナサン・ディンゲルとブレント・ニーマンは、コロナの感染拡大前の調査データを利用して、およそ1000種の職務について、自宅からのリモートのみで100%働くことが可能かどうかを分析。その結果、米国においては37%の労働者がテレワークが可能であることが示された。この数字は、おそらく現時点においてテレワークが実現可能な最大値であろう。これは欧州での調査結果である「3分の1」と近い値だ。各調査は、国は違えど「可能な限りテレワークに取り組んだ結果」を示していると評価できる。
とりやめる企業も続出
最近では、こうした調査研究を応用して、テレワークの国際比較研究も行われている。国際通貨基金(IMF)のエコノミスト、マリヤ・ブラッセヴィチ氏らは、公表されている経済協力開発機構(OECD)の国際成人力調査(PIAAC)データおよび前述のディンゲルとニーマンの研究データから、テレワークのしやすさ指数を構築した。
この指数は「0」から「1」までの数値で表され、テレワークが全くできない場合には0、全てにおいてテレワークができる場合には1で示される。年代別、性別、職務別などで計測されているが、各国平均も求められている(図1)。上位国のシンガポールとフィンランドは、指数が0・31を超え、最下位のトルコは0・16程度にとどまる。日本は15位で0・27程度。これを「テレワークが日本の労働者全体の27%まで実現できる」とそのまま解釈するのは無理があるが、世界全体でもテレワークの可能性はおおよそ3~4割程度、というのが妥当な評価ではないだろうか。
更に、日本においてはこの数字をうのみにはできないことを示す調査結果がある。レノボが今年5月、日本を含む10カ国のさまざまな産業で就業するおよそ2万人を対象に実施した「在宅勤務と生産性」に関わるアンケートだ。
10カ国全体で見ると、在宅勤務を行った人の63%が「オフィスで働くより生産性が上がった」と回答。一方、13%が「生産性が下がった」と回答した。ところが日本の調査対象者に限定すると、生産性が下がったと答えたのは対象10カ国でもっとも高い40%だった。なぜ日本では、テレワークによって生産性が下がることが多いのかについては、これから慎重に考える必要があるだろう。
ただ、この調査が日本のテレワークの実態を正しく反映しているのだとすれば、企業としてもテレワークを推進するのは難しくなる。実際、東京商工リサーチが6月末から1週間実施したオンラインアンケートでは、有効回答が得られた約1万4000社のうちおよそ27%が「新型コロナ以降にテレワークを実施したが、現在は取りやめた」と回答している。
今後もさまざまな工夫や職場環境の改善が進むことで、テレワークの可能性は拡大すると考えられる。ただ2020年時点では、日本はおろか世界のどこにおいても「テレワーク率70%」は実現不可能であると言わざるを得ない。
「最悪」を避ける方法
テレワーク導入の目的がコロナの感染防止対策であるのなら、単に数値目標を掲げるのではなく、テレワークによっていかに感染リスクを最小限にするか、そのあり方を検討すべきだろう。
図2の三つの表を見てほしい。社員をA、B、C、D、Eの5グループに分け、月~金曜日のテレワーク(〇で表示)と出勤の振り分け方を示している。この企業の1週間のテレワーク実施目標が4割であるとすると、どの図も目標を満たしている。しかし、Ⅰは月・火以外では全社員が出勤することになり、感染防止策としてのテレワークの効果は期待できない。Ⅱは各グループの社員が公平にテレワークを行い、Ⅲでは特定のグループのみがテレワークを行っている。社内の職務に特にテレワークをしやすい部署がある場合はⅢが実施されることもありそうだが、大方の企業は公平なⅡを選択しているのではないだろうか。
だが実は、クラスター防止の観点で考えると、ⅠとⅡは全社員に感染が広がる可能性がある一方、Ⅲは最悪の場合でも感染を全社員の6割に収められることになる。
感染リスクの不公平性が懸念されるのなら、1~2週単位でテレワークを行うグループを回していけばよい。ファイナンスの分野ではリスクをリターンの標準偏差と捉えることが多いが、予想される最悪の状況を評価する「バリュー・アット・リスク(VaR)」という考え方もあるということを、念頭に置くべきだろう。
(吉田裕司・滋賀大学経済学部教授)
(本誌初出 「在宅7割」が不可能な理由=吉田裕司 20201006)
■人物略歴
吉田裕司(よしだ・ゆうし)
1968年京都府生まれ。米Wheeling HS高校、神戸大学経済学部卒業、大阪大学経済学研究科修了。経済学博士。九州産業大学経済学部教授を経て、2012年から現職。専門は国際金融・国際経済。
本欄は、花木伸行(大阪大学教授)、碇邦生(大分大学講師)、吉田裕司(滋賀大学教授)、生稲史彦(中央大学教授)、高野久紀(京都大学准教授)の5氏が交代で執筆します。