教養・歴史アートな時間

「時間が逆に進む」「ワケがわからない!」とネットで話題騒然 クリストファー・ノーラン監督「テネット」はこんな映画

 第三次世界大戦を阻止して人類を救う大活劇、と言ってしまうと陳腐だが、監督はバットマンシリーズの「ダークナイト」や時空を超えて惑星探査する宇宙飛行士たちを描いたSF大作「インターステラー」のクリストファー・ノーラン。一筋縄ではいかない。出世作「メメント」以来テーマとしてきた「時間」を、自在に操ってみせた。

 主人公(ジョン・デイビッド・ワシントン)には名前がない。オペラハウス襲撃テロの制圧部隊に潜り込み、ある物を奪還しようとして失敗、拷問されもはやこれまでと毒を飲んだが生き返り、「第三次世界大戦を防ぐために選ばれた」と告げられる。敵の武器商人セイター(ケネス・ブラナー)が未来と接続、特殊な武器や装置を入手しているらしい。与えられたのは、組み合わせた手と「テネット」の言葉だけ。主人公は、相棒となったニール(ロバート・パティンソン)の助けを借りて手がかりをたどり、セイターに迫ってゆく。

 ノーラン監督といえば、大がかりで斬新なアクション。冒頭の武装集団と制圧部隊の攻防から、インド、イタリア、ノルウェーと世界を飛び回り、驚きの映像を連打する。パチンコ玉のようにゴムの力で大跳躍して高層ビルに侵入し、背走する車と高速カーチェイス。緩みがない。

 いちばんの見せ場は「反転する時間」。「原因と結果が逆転する」から、落とした物体は落ちる前に地上にあり、手の中に戻ってゆく。分からなくていいらしい。主人公も「理解しようとするな、感じろ」と、ブルース・リー映画のような説明をされるだけ。

 理屈は度外視、とにかく見るべし。銃弾は着弾点から銃口に吸い込まれ、路上に横転していた車が空中で回転しながら元に戻る。フィルムの逆回転を使ったトリックなら珍しくもないが、順行する時間と逆行する時間が一つの画面に流れ、時間を逆行して後ろ向きに走る人々と、普通に歩く順行時間の人々がすれ違う。数分後に起きる出来事が眼前に現れる。見ている方が画面に追いつけなくて、めまいがするようだ。説明を省いたうえに時間軸が複雑に錯綜(さくそう)するから、何が起きているのかよく分からない。それでも片時も飽きさせない。

 映画は時間の芸術だ。伸縮自在、超越も逆行も反復も、監督の思うまま。ノーラン監督は語り口の技術としての時間操作を、物語の核に据える。そして身体の躍動は映画の出発点、その極限を試す。物語のつじつまにもう一つ納得できなくても、映画の原点を味わいノーラン監督の独創的な頭の中をのぞき込んで、元は十分取れそうだ。

(勝田友巳・毎日新聞学芸部)

(本誌初出 映画 TENET テネット 原因と結果が逆転するマジック 自在な時間芸術の妙に酩酊する=勝田友巳 20201006)

監督・脚本・製作 クリストファー・ノーラン

出演 ジョン・デイビッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ

2020年 アメリカ

グランドシネマサンシャインほか全国上映中


 新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事