経済・企業学者が斬る・視点争点

ドラクエ、FF……かつての日本のゲームはなぜ大ヒットしたのか

    「ドラクエウォーク」の発表会。右端は「ドラクエ」生みの親、堀井雄二氏=東京都港区で2019年6月3日、道永竜命撮影
    「ドラクエウォーク」の発表会。右端は「ドラクエ」生みの親、堀井雄二氏=東京都港区で2019年6月3日、道永竜命撮影

    「会話」を促した任天堂、ソニー

    「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)や「ファイナルファンタジー」(FF)といった世界的人気を確立した日本発のゲームは、第1作が今から30年以上前に発売された長寿シリーズである。

    昨年以降発売された「ドラゴンクエストウォーク」や「FF7 リメイク」は好評のようだ。

    これほどユーザーを引き付け続けるコンテンツは、開発者たちの創造性のたまものである。

    二つのシリーズが始まった1980年代は、日本で家庭用ゲームのビジネスが立ち上がった時期だった。

    この時期には、創造性を発揮した新しい試みが経済的に報われ、その結果を受けて新しい試みを目指す人がさらに増えるという好循環が生まれた。

    この好循環を読み解くキーワードが「競争」である。

    ゲームビジネスの黎明(れいめい)期に起きた好循環と、その中で競争が果たした役割は、現在のビジネスの活性化にも必要だと筆者は考える。

    新ジャンル開拓と差別化

    黎明期の家庭用ゲーム市場での「競争」は、他の製品から学び、良いゲームとは何かを考え、開発者の創造性を刺激する効果があった。

    ゲーム会社は良いゲームを作るために開発活動に投資し、製品の進化や企業の成長を実現した。

    具体的に見ていくと、83年に発売された任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)は、組み合わせて使うソフト(ゲームソフト)が必要だった。

    当初は任天堂のみがソフトを発売していたが、84年にはナムコとハドソンがソフト市場に参入する。

    当時の「出せば売れる」と言われた活況は、多くの企業にゲーム市場への参入を促した(図1)。

    ゲームを扱う業界だけでなく、玩具、出版など多様な業界から異なる経営資源や考え方を持った人々が参加した。

    ゲームで一獲千金を狙うスタートアップ企業も現れた。

    FFを生んだスクウェア(2003年にエニックスと合併しスクウェア・エニックスに)もその一つだ。

    参入企業が増え、新しいゲームソフトが次々と世に出る中で、各社は二つの方向で成功を目指した。

    一つは、「今までにないゲーム」を開発し、新しい顧客を引き付ける方向性だ。

    つまり、新しいジャンルの市場(サブマーケット)を創り、既存企業との競争を避けようとした。

    サブマーケットの成立は、ゲームソフトのジャンルが増えたことで確認できる。

    黎明期は「アクション」「スポーツ」など四つのジャンルで始まったが、その後の4年間で「レース」「パズル」「RPG(冒険や探索などを乗り越えて目的達成を目指すゲーム)」など12ジャンルにまで増え、多様性も増した。

    ただ、サブマーケットは簡単に見いだせるものではなく、その上、拡張余地も時間とともに狭まっていく。

    そこで採られたもう一つの方向性が、サブマーケット内での差別化競争だった。

    例えば、86年5月にエニックスから発売されたドラクエは、RPG初となる製品である。

    これが大成功すると、多くの企業が類似製品を発売したが、その中から登場したのがスクウェアのFFだ。

    ドラクエの面白さを感じ取ったスクウェアの開発者たちは、ゲームのルール(ゲームシステム)や画像の演出などで自分たちのオリジナルの要素を加え、差別化を図った。

    すると今度は、FFを見たエニックスの開発者たちも、自らのゲームのストーリーをより良くしたり、ゲームシステムを変更したりして差別化を図った。

    以降、両社は競い合うように差別化を図りながら、数年おきに製品を発売し続け、RPGを日本でも人気のあるジャンルに押し上げた。

    サブマーケットの開拓にせよ、サブマーケット内の差別化競争にせよ、80年代の競争では、企業や開発者が他社の製品を「見ていた」。

    つまり、よく研究して良い部分を積極的に取り入れていた。

    競争相手の製品を単に模倣するのではなく、刺激を受けながら、それらを超える新しい要素を実現しようとした。

    その結果、サブマーケットの開拓と充実が同時に進み、ビジネス全体が急速に成長した(図2)。

    GAFAも担う役割

    エニックスとスクウェアのように、製品を通じて他社から学び、自社の製品と戦略を形成するメカニズムは、「対話としての競争」と呼ばれる。

    もっともゲームソフトの事例では、2者間ではなく、複数の企業が参加したため、「会話としての競争」とも表現できる。

    RPGの例で言えば、エニックスとスクウェア以外の企業も会話としての競争に参加し、世に出るアイデアや表現は多様になった。

    つまり、会話に参加する企業が増えることで、創造性は刺激され、発揮されやすくなった。

    加えて、市場が複数のサブマーケットに区切られたことも、会話を活発にし、数多くの優れたゲームソフトの開発を促した。

    一方で、ファミコンやソニーの「プレイステーション」などのゲーム機を背景とした、「特別な会話の場」が存在したことも大事な点だ。

    ゲーム機が複数のサブマーケットを包含するプラットフォームの役割を果たしたことで、多くの企業がゲームソフトを巡る活発な会話を交わすことができた。

    任天堂やソニーのような企業、すなわち「プラットフォーム・リーダー」が創造性を育む陰の立役者だったのである。

    ゲーム業界の場合、00年代までは任天堂やソニーなどの日本企業が会話の場作りを行っていた。

    だが近年は、マイクロソフトやGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)もその役割を担うようになった。

    この変化は、日本企業の競争力が低下したためにプラットフォーム・リーダーの座を占有できなくなったとも言えるし、会話の場が世界規模に広がったとも言える。

    (生稲史彦・中央大学大学院戦略経営研究科教授)

    (本誌初出 黎明期ゲーム業界の好循環=生稲史彦 20201117)


     ■人物略歴

    生稲史彦 いくいね・ふみひこ

     1972年千葉県出身。博士(経済学)。東京大学経済学部卒業、同大学大学院修了。一橋大学イノベーション研究センター専任講師、文京学院大学経営学部准教授、筑波大学システム情報系准教授などを経て、2020年度より現職。


     本欄は、花木伸行(大阪大学教授)、碇邦生(大分大学講師)、吉田裕司(滋賀大学教授)、生稲史彦(中央大学教授)、高野久紀(京都大学准教授)の5氏が交代で執筆します。

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