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習近平が激怒?ジャック・マーの親友「刀で襲撃事件」の持つ危険な意味

上場延期の裏にはアリババ創業者、ジャック・マー氏の金融当局批判への習氏の怒りがあったとされる(Bloomberg)
上場延期の裏にはアリババ創業者、ジャック・マー氏の金融当局批判への習氏の怒りがあったとされる(Bloomberg)

香港の歓楽街、湾仔(ワンチャイ)で11月14日午前0時過ぎ、会員制クラブから出てきた中国人富豪とその部下が刀を持った香港マフィア風の3人組に襲われた。

犯人は乗り付けた車で逃げた。

富豪は手足を切られ、部下は頭部に重傷を負った。

創業者親友への襲撃

富豪は銭峰雷氏(44)といい、中国デジタル経済をけん引するアリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏の親友。

馬氏と同じ浙江省生まれで、かつてアリババ株のニューヨーク上場を現地で支援し、馬氏の描いた絵画を香港の慈善オークションで3600万香港ドル(約4・8億円)で落札して名を馳せた。

香港居留証を持ち、中国と香港で事業を営んでいる。

銭氏は襲撃犯に心当たりはないと言うが、中国当局の影を感じていたはずだ。

事件の10日ほど前、アリババ傘下でスマートフォン決済サービス「アリペイ」を運営するアント・グループが上海と香港で同時に準備してきた計350億ドル(約3・6兆円)規模の「史上最大のIPO(新規株式公開)」が突然延期された。

米紙によると、習近平国家主席の直々の指示だった。

馬氏が上海のオンラインシンポジウムで「中国政府の(民間企業に対する)監督が日増しに厳しくなり、科学技術のイノベーションを阻害している」と語った。

これが、民間企業への国家統制を強化し国有企業を優遇する習主席を怒らせた。

習主席は国家安全省に馬氏の「調査」を命じたとも言われる。調査とは馬氏を弾圧する材料集めだ。

習主席の指示で、劉鶴副首相が国務院の金融安定発展委員会を開いた。

アリババ規制を念頭に置いて「(民間企業の)金融活動は全面的に(政府の)監督管理下に入れる。金融と同類の業務、事業体も全て同列に扱う」という規制強化策を決めた。

証券監督管理委員会(証監会)もIPO予定日の3日前、馬氏を呼びつけて中止を言い渡した。

香港でアントIPOに関わっていた銭氏は、習主席の怒りの波紋が自分に及んだことを察しただろう。

香港紙によると、習主席はアリババのような民営企業の力が強くなると共産党支配が揺らぐと警戒し、国家統制の強化を狙っていた。

だが、馬氏は共産党の有力幹部と親しく、アリババ株を保有する多数の党幹部たちの支持もあって、習主席も手を出せなかった。

馬氏支持の党内世論は決して無視できないものがある。

共産党のシンクタンク、中央政策研究室の王滬寧主任が10月末、第19期党中央委員会第5回総会(5中全会)直後に退任し、後任に江金権副主任が昇格した。

王氏は2年後の第20回党大会で党中央政治局常務委員を定年引退するので、次期総書記の就任演説を起草する仕事は適任ではなく、主任の交代は不思議ではない。

ただ、新しく主任になった江氏はかつて、民間企業の資本家、経営者を共産党に入党させその知恵を活用するという江沢民元国家主席の「三つの代表」論に関わった理論家だ。

次期党大会で習主席総書記が3選を果たすには、民営企業重視路線に変わるのか、国有企業重視を堅持するか、それとも3選はないのか。

アントIPO延期命令は習政権に対する党内の抵抗感が高まっていることへの焦りだ。

(金子秀敏・毎日新聞客員編集委員)

(本誌初出 アント上場延期に透ける アリババへの習氏の“焦り”=金子秀敏 20201208)

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