汚職の温床?議会と政府の潤滑剤?アメリカで復活する「イヤマーク」とは何か
民主党のデラウロ下院歳出委員長は2月26日、来年度予算において各議員からの「地域プロジェクトへの支出」に関する要請を受け付けると発表した。
呼び名は新しいが、言い換えると、民主党主導の議会はイヤマークの復活に向けて動き出したことになる。
米国では毎年の各省庁の支出は十数本の歳出予算法によって決められる。
イヤマークとは議員からの要求により、それらに盛り込まれる特定の選挙区におけるプロジェクト・組織のために確保された予算を指す。語源は家畜の識別のために付けられる耳印に由来する。
イヤマークは議会活動の一部として機能してきた長い歴史があるが、この10年間は停止されている。
背景には政府財政の悪化懸念や議員が絡むいくつかのスキャンダルがあった。
2005年にはアラスカ南部の人口50人の離島・グラビナ島と本土をつなぐ約4億ドル(400億円超)の橋の建設がイヤマークの象徴的な事例として批判され、保守派の草の根運動「ティー・パーティー」が隆盛を極める最中、イヤマークは政府の無駄遣いと同義とみなされるようになった。
また、同時期には下院議員が利益供与と引き換えに賄賂を受けていたことで辞職に追い込まれる事件や政治家とロビイストとの癒着問題などが発覚し、世論の反発が強まった。
それでも、イヤマークを肯定する意見は多い。
推進派は、各地域のニーズを最も理解しているのは地域を代表する議員であると主張する。
議会が主導権を取らない場合、地方の事情を理解しない行政府が代わりに予算配分を担うことになり、かえって税金の無駄遣いにつながると言う。議員にとっては、自らの実績を有権者に分かりやすく示す絶好の方法である。
法案可決へ取引も
バイデン政権や議会の執行部にとってもイヤマークは重要なツールになり得る。
かつてはイヤマークと引き換えに重要法案への賛成を取り付けることができた。しかし、イヤマークがなくなってからは議会における与野党間の協力が大幅に減少し、議会を機能不全に陥れている一因になってしまったという指摘もある。
イヤマークの復活に際し、透明性を確保するための一定のルールが検討されている。
例えば、議員から要求されたイヤマークは全てオンライン上で一般公開され、営利目的の組織を受取人とするものは禁止される。
また、イヤマークの総額は年間約1・4兆ドル(約150兆円)の国家の裁量的支出の1%を上限とし、議員からの要求は1人当たり10件までとする制限が設けられる。
イヤマーク禁止前の10年に承認された同様のプロジェクトは約9000件、総額170億ドル(約1兆8000億円)であり、議員1人当たり17件、裁量的予算に占める割合は1・3%だった。
党派対立が一段と先鋭化している今だからこそ、イヤマークが必要とされているのかもしれない。
また、歴史的な低金利が続く中、政府債務に関する議論も大きく変化し、大胆な財政出動による経済の下支えを求める声が強まっている。
イヤマーク復活の機運が高まっているようにみえるが、今後、共和党はどう出るのだろうか
(井上祐介・丸紅ワシントン事務所シニアマネージャー)
(本誌初出 地元案件への予算誘導 「イヤマーク」が復活=井上祐介 20210323)