経済・企業注目の特集

米国で起きる“需要爆発”と供給回復 「マーシャルのk」が資産価格を押し上げる=編集部

 <第1部 徹底解剖!マクロ&国際政治>

米国“需要爆発”と供給回復へ あふれるマネーが株高演出

 任天堂のゲーム機「スイッチ」の有機ELモデルが349・99ドル、米アップルのワイヤレスイヤホン「エアポッズプロ」が249ドル──。日本円で3万~4万円する商品が今、米国で飛ぶように売れている。米国ではもともと11月下旬の感謝祭から12月のクリスマスまでは、最も消費が盛り上がる時期。しかし、今年の年末商戦は消費者の購買意欲に拍車がかかっているようだ。米アドビの調査によると、11月1~29日の全米のオンラインショッピングの売り上げは、前年同期比11・9%増の1098億ドル(約12・5兆円)に達した。(表の拡大はこちら)(世界経済総予測2022 特集はこちら)

年末商戦の買い物客でにぎわう米ニュージャージー州のショッピングセンター Bloomberg
年末商戦の買い物客でにぎわう米ニュージャージー州のショッピングセンター Bloomberg

「衣料品などセール品の値引き率は例年に比べて低く、定価に据え置かれている商品も多い。強気の価格設定でも、よくモノが売れているという印象だ」。米東部ニュージャージー州に住む作家、冷泉彰彦さんはこう話す。新型コロナウイルス禍が猛威を振るった2020年から一変。ニュージャージー州が隣接するニューヨーク市では名物の交通渋滞も復活し、マスクをせずに街を歩いたり外食を楽しんだりする人の姿も目立つ。シーズン真っ最中のプロフットボール(NFL)のスタジアムは観客でいっぱいで、まさに“需要爆発”の様相だ。

 米労働省が12月10日に発表した11月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比6・8%上昇と約39年ぶりの高水準に。価格変動の大きい食品とエネルギーを除くコアCPIも4・9%上昇した。それでも、米国の消費の意欲は盛り上がる一方で、全米小売業協会(NRF)は2021年の年末商戦の売上高は8434億~8590億ドルと過去最高になると見通す。米国経済に詳しい日本総合研究所の井上肇主任研究員は「コロナ禍で積み上がった貯蓄の取り崩しなどに支えられ、米国の個人消費はこの先も堅調に推移する見込みだ」と分析する。

インフレ率は低下へ

 世界の国内総生産(GDP)の4分の1、株式時価総額では4割を占める世界最大の経済大国、米国。22年の世界経済の行方も、米国が握っているといっていい。米国経済が直面する目下の課題は高インフレであり、米連邦準備制度理事会(FRB)はすでに21年11月から量的緩和縮小(テーパリング)を開始。22年には利上げも見込まれ、景気を冷やす懸念も高まる。ただ、足元でインフレの要因となっている人手不足などの供給制約は、今後は徐々に解消へと向かう見込みだ。

 新型コロナは感染がピークアウトの様相を強め、21年11月に南アフリカで最初に確認された変異株「オミクロン株」についても、世界保健機関(WHO)が12月9日、従来の「デルタ株」よりも感染力は強いものの、南アフリカの初期データで重症化しにくい傾向が示されたと指摘した。米国では今、非就業者への現金給付や失業給付が終了し、労働市場に人が戻りつつある。明治安田総合研究所の小玉祐一フェローチーフエコノミストは「供給制約が徐々に緩和に向かう公算が大きく、CPIの上昇幅は今後、鈍化するだろう」とみている。

 生産活動も今後、急激に回復に向かいそうだ。伊藤忠総研によれば、米国のGDP統計の在庫残高を総需要で割った比率は21年7~9月期、11・2%とリーマン・ショック(08年)後を下回る記録的に低い水準にある(図1)。新型コロナの感染拡大で生産活動がストップしたが、その後の需要の急回復に供給が追い付かない。人手不足など供給制約が今後、解消に向かえば、企業は急ピッチで在庫を積み上げようと、生産活動を拡大させることが見込まれる。

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『週刊エコノミスト』編集部は、22年の米国経済の見通しについて、主要金融機関・シンクタンク17社にアンケートを実施した(表)。22年平均のコアCPI(表の「インフレ率」)は3・0~4・8%の幅で、中央値は3・4%と足元の水準より下がるとみる機関が多い。22年12月末の失業率の見通しも3・4~4・5%の幅で、その中央値は3・7%と21年11月の失業率(4・2%)より低下する見通しだ。米国の景気については、実質GDP成長率で3・2~4・7%の幅と、各社とも比較的高い予想となった。

高い「マーシャルのk」

 市場関係者の目下の関心の的は、FRBが最初に利上げに踏み切る時期だ。アンケートでは早ければ22年4~6月期、最も遅い回答でも23年1月で、22年中の利上げがほぼ確実視される。金融引き締め期には長期金利(米10年債利回り)の上昇ペースにも注目が集まり、長期金利の上昇ペースが速すぎれば景気を冷やしたり株価の急落につながったりする懸念も高まる。ただ、22年12月末の長期金利の予想では回答が1・7~2・5%と、21年12月中旬時点の1・4%前後から上昇幅は大きくはない。

 FRBが金融引き締めへと向かう中でも、株価など資産価格は一段と押し上げられそうだ。それを示すのが、「マーシャルのk」という指標だ。世の中に出回るお金の量(マネーストック)を名目GDPで割った値で、米国の「マーシャルのk」は今、コロナ感染拡大を受けて0・9倍前後の水準にまで急上昇している(図2)。それも、1998年1~3月期からコロナ禍前の19年10~12月期までのトレンド線(近似直線)を大きく上回って推移しているのだ。

 米国の代表的な株価指数であるS&P500の推移と重ねてみると、「マーシャルのk」は長期で見ればS&P500と軌を一にするような上昇トレンドを描く。それも、トレンド線を上回るようなお金の量の供給が続いた後、株価の上昇につながっている状況が見て取れる。伊藤忠総研の武田淳チーフエコノミストは「FRBによるテーパリングぐらいでは、現在の資金供給が過剰な状態はすぐには解消しない。資産価格などが上昇しやすい環境がしばらく続くだろう」と指摘する。

 コロナが世界中で猛威を振るい始めて間もなく2年。22年は11月に米国で中間選挙、世界2位の経済大国・中国でも秋に5年に1度の中国共産党大会が控え、景気拡大の腰をあえて折る誘因も見当たらない。22年の世界経済は、大きな飛躍を遂げそうだ。

(神崎修一・編集部)

(斎藤信世・編集部)

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