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世界で進むインフレと利上げ 日本株の業績相場入りの関門に

世界で進む物価高と利上げ 日本株「業績相場」の関門=神崎修一

米国では中古車価格が上昇している Bloomberg
米国では中古車価格が上昇している Bloomberg

「買い物に行ったとき、急激な値上がりを強く意識し始めたのが昨年の夏ごろだった」と話すのは米オレゴン州在住のジャーナリスト・岩田太郎氏。340グラムのベーコンが4ドルくらいから、8~9ドル(約900~1000円)に跳ね上がったという。品不足の半導体を使用したパソコンの価格も高止まりしており、買い替えがしにくい状況だ。散髪料金も15ドルくらいだったのが、25ドルまで値上がりしている。「これだけ急激な高騰は記憶にない」(岩田氏)。(とことん学ぶインフレ 特集はこちら)

 西海岸ロサンゼルス(カリフォルニア州)在住のジャーナリスト・土方細秩子氏も「地元スーパーでは店頭の棚がスカスカ。商品の値段も驚くほど上がっていて欲しいものが手に入らない」と困惑する。ロス港近郊ではコンテナ内の商品を狙った略奪事件も頻発。米市民の不満が高まっている。

 米国ではインフレの指標とされる消費者物価指数(CPI)の上昇率が2021年12月に前年同月比7%上昇と、第2次オイルショック後の混乱が続いた1982年夏以来39年ぶりの伸びを記録した。原油高を受けたガソリン価格もこの1年間で50%上昇、中古車は37%も値上がりした(図1)。車社会の米国にとっては市民生活への影響が特に大きい。原油高は衣服、肉や野菜・果物などあらゆるモノの生産コストを上げた。そこにコロナ禍による人手不足や物流停滞、住宅高騰といった要因が加わり、物価上昇圧力は当面弱まりそうもない。

 ドイツやフランスなどユーロ圏19カ国のCPI(21年12月)も同5%上昇と統計をさかのぼることができる1997年以降、最も高い伸びとなった。英国も同5・4%上昇で30年ぶりの上昇幅だった。新興国のブラジルでは同10%以上の物価上昇が続く。

 日本も、昨年12月のCPIは同0・8%上昇で4カ月連続。生鮮食品を除いたコアCPIも0・5%上昇した。携帯電話料金の値下げ効果がなくなる4月以降は「コアCPIは1%台半ばに加速するだろう」(斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査部長)。経済産業省も1月25日、石油元売り会社に補助金を支給する異例のガソリン価格抑制策を打ち出した。

スタグフレーションも

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 インフレ加速を受けて各国の中央銀行は金融引き締めに向けて動き出した。経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国とロシアなど主要新興国の利上げ状況(1月21日時点)を見ると(図)、すでに利上げした国は14カ国。米国やカナダは年内に複数回の利上げ観測が強まっている。主要国ではイングランド銀行(BOE、英中銀)が昨年12月に先陣を切って利上げに踏み切った。ブラジルは21年だけで7回も利上げした。

 市場が注視するのが昨年秋まで「インフレは一時的」として金融緩和解除に慎重だった米連邦準備制度理事会(FRB)の動向だ。インフレの高止まりを受け、昨年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で米国債などの資産を購入する量的緩和縮小(テーパリング)を想定よりも前倒して3月に終了し、22年中に計3回の利上げを見込んでいることを示し、「通貨と物価の番人」として“インフレ退治”に乗り出す構えだ。

 世界的なインフレを引き起こした元をたどれば、コロナ禍で世界中にばらまかれた大量のマネーに行き着く。日米の通貨供給量(マネーサプライ=M2)は急上昇した(図2)。

 インフレは通貨の価値が下落することで相対的に物価が上がる現象だ。各国中銀の量的緩和策、財政出動であふれた通貨は、その価値が下がる。

 一方で、マネーが膨張すれば財への需要が高まる。特に米国では、物流の停滞や人手不足など供給制約も重なり、需要が供給を上回る状態が続く。

 インフレの局面では、将来的に価値が希薄化する現金よりも、株式や不動産、商品といった投資対象が「インフレ耐性」が高いといわれる。カネ余りを背景に資金流入が続く米株市場では関係者が、インフレ、それに伴う金利上昇が相場に与える影響を注視する。

 米新興IT銘柄が多いグロース株(成長株)は足元軟調だが、これは昨年の異常な高騰の反動だ。一方、アップルやテスラなど「ビッグテック」は高値圏を維持している。

 米株市場が今の水準を維持するかどうかは、米経済の成長率に対して、株価と逆相関にある米長期金利(10年国債利回り)、そしてインフレ率がどのくらいの水準にあるかが鍵になる。

 株価に対して、成長率はプラス要因、金利とインフレ率はマイナス要因である。ここで金利は住宅ローン金利などさまざまな金利の基準となる長期金利を考える。足元の米長期金利は1・7%(1月25日時点)。これにFRBが目標とするインフレ率2%(一定期間の平均)を足すと3・7%程度になる。これはOECDが予想する今年の米国の成長率3・7%と同水準だ。

 ストラテジストの松川行雄氏は、「米経済の成長がOECDの予想通りで物価もFRBの狙いに収まれば、インフレと金利の上昇に対して成長率は『中立』と言える」と指摘する。つまり、米株にマイナス影響は少ないと見る。だが、このままインフレがさらに進み、金利も上がった時、成長率がそれより弱ければ、株価に逆風が吹く可能性がある。

 加えて、年前半の米株のリスクはインフレ要因でもある原油高だ。増産に慎重な産油国と中東の地政学リスクが意識され、ニューヨークWTI原油価格は1月19日に1バレル=86ドル台と7年ぶりの高値をつけた(図3)。産油国が増産ぺースを上げなければ「90ドル台に突入する可能性もある」(大越龍文・野村証券シニアエコノミスト)。

 原油が100ドルの水準に近付けば、インフレと景気悪化が同時進行する「スタグフレーション」懸念が強まり、マクロ経済への弱気な見方が台頭しかねない。それを好機と見た投機筋が「空売り」を仕掛ければ、株価暴落もありうる。

出遅れ日本どうなる?

 先行した米株に対して、今年は「出遅れた日本株に資金が流入する」との見方は根強い(図4)。SMBC日興証券が国内の主要250社を対象にした業績予想(21年12月時点)では、21年度は経常利益が28・5%の増益になると予想している。31業種のうち減益予想は建設など4業種にとどまる。22年度も8・6%の増益見通しだ。

「日本株は緩和に支えられた『金融相場』から景気回復による『業績相場』に移行する」(松川氏)。その局面では、景気敏感株といわれる鉄鋼や化学など「素材産業」から見直される。兆しはトヨタ自動車の株価急騰だ。同社のEV(電気自動車)戦略発表もあるが、業績相場という景気循環がトヨタ株を押し上げた可能性がある。

 ただ、日本株もインフレに左右される。足元は企業が物価上昇を最終価格に転嫁せずに持ちこたえているが、この先も耐え切れるかは不透明だ。この時代、インフレが経済や社会に与える影響について知識を深めることが重要になる。

(神崎修一・編集部)

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