教養・歴史書評

母国で出版申請が3回却下された憂国の中国人論 評者・近藤伸二

『現代中国は何を失ったか』

著者 陳立行(社会学者)

国際書院 2200円

 中国出身の社会学者である著者が、古来より中国人を律してきた道徳や文化が1949年の中華人民共和国建国以降、失われてしまったことを憂える書である。著者は長く日本で研究活動を続けているが、米国に滞在したこともあり、自らの体験を基に日米中を比較して論考した異色の中国人論となっている。

 著者は中国東北部の吉林省で生まれ、文化大革命時には内モンゴルに送られた。文革が終了して、東北師範大に入学。筑波大に留学し、博士号を取得した。2010年から今年3月まで、関西学院大で教鞭(きょうべん)を執った。著者が生きてきた六十数年は、新中国の歩みと重なる。

 この間、中国社会はどう変わったのか。著者は、建国から30年にわたった政治優先の風潮が「歴史における従来の王朝交代の革命を深くはるかに超えている」と指摘する。

 反右派闘争や文革などにより「中華文化に固有の善良、慈悲、同情、他人に対する思いやりなどの普遍的価値がきびしい非難、批判、反対、攻撃の対象になった」ことで、「数千年続いた中国人の倫理道徳がまったく消滅し、かつてはこの社会を統制し社会秩序を維持していた自己規律のメカニズムの基盤となっていた道徳と正義は破壊された」と嘆く。

 さらに、その後の改革・開放政策によって拝金主義が横行し、「非公正で非良心的な手段を通じて富を蓄積するために、手に入れられるものはなんでも使ってきたし使っている」状況が生まれた。

 職業道徳も廃れ、「レントシーキング」(超過利潤獲得行動)が当たり前となる。著者はこの行動を「会社、組織、諸サービスの資源を利用して契約義務以外の交換へと誘導し、自分のために利益と富を創造する行為」と定義し、教師が学校では重要なことを教えず、自分が経営する塾で指導する例などを挙げている。

 このような社会の変革に向け、著者は「第三者による監視のメカニズム」が必要と説き、各省、市、県に香港の「反腐敗独立委員会」のような市民による監視機関の設置を提案する。この機関のトップは「完全な民主主義的プロセスのもとで民衆の選挙により選ばれなければならない」とするが、現状では実現への道のりは遠いと言わざるを得ない。

 本書は日本人にとっても多くの発見があるが、元々は中国の人にこそ読んでもらいたいと思って中国語で書かれた。中国当局に3回出版申請したものの、いずれも却下されたという。この事実こそが、中国社会を改革する難しさを物語っている。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 ちん・りっこう(Lixing Chen) 1953年中国吉林省長春市生まれ。83年に来日、筑波大学大学院社会科学研究科社会学専攻に入学。その後、社会学博士学位取得。国連研究員等を経て、関西学院大学社会学部教授を長く務めた。

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