明治後期にあった株主重視の風潮はいつ骨抜きになったのか 評者・平山賢一
『日本のコーポレート・ガバナンス史 データ分析で読み解く』
著者 川本真哉(南山大学経済学部教授)
中央経済社 2970円
綿密なデータ分析で企業統治の歴史を読む
本書は、明治期以降のわが国コーポレート・ガバナンス(企業統治)史とデータ分析を組み合わせたユニークな作品となっている。学術書で活用されるデータ分析が、一般読者にも理解しやすいように解説されていることもあり、近年特に注目されているコーポレート・ガバナンスの歴史的系譜を把握するのに都合がよい。わが国の企業史からの時系列での再確認は、経営者だけでなく企業に関わる多くの人々にとって意義があるはずだ。
データ分析に関しては、時系列データを取り扱う際に押さえておきたいポイントが、要領よく解説されている。データサイエンスへの注目が高まる昨今、把握しておきたい項目が、文系脳を自称する読者でも、スッと頭に入ってくる。分析手法が一通り解説されたのちに、現代のコーポレート・ガバナンス改革の概要が示され、「近年の株主重視の方向性は、戦前日本企業のコーポレート・ガバナンス構造と共通する点も多い」という本書のテーマの一つが提示される。明治後期の株主主権は非常に強く、企業経営者に対して自社株価水準を意識した経営執行を迫っていたことが、データ分析を通して明らかにされる。現代の株主主権の流れは、海外から浸透したものではなく、明治後期の主要企業の一角では特殊なことではなかったのである。読者にとっては、新鮮な気づきを与える分析といえよう。
それでは、この株主総会中心主義に基づく強い株主主権は、いつ、どのように骨抜きになり、戦後の日本型企業統治構造が形づくられたのだろうか? この疑問が、本書の二つ目のテーマである。これに関して、すでに戦間期には、個人大株主主導から法人株主が台頭することで、財閥系企業などの大企業を中心に、配当政策に変化が見られたことがデータ分析を通して示される。さらに戦時期には、金融統制の強化が株主権限を抑制し、メインバンク制をはじめとした戦後の企業システムの源流の一つになったことが示されている。
その戦後の企業システムは、現在、大きな転換期を迎えている。単なる株主主権の復権ではなく、サステナビリティー(持続可能性)を意識したステークホルダー(利害関係者)間のバランスが求められているといってよいだろう。読者にとっては、企業活動が外部の環境や社会に及ぼす影響を考慮した企業統治モデルが、コーポレート・ガバナンス史の流れでどのように位置づけられるかを考えるきっかけになるはずだ。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
かわもと・しんや 1977年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学高等研究所助教、福井県立大学経済学部准教授などを経て現職。コーポレート・ガナバンス論が専門。
2022年11月29日号掲載
『日本のコーポレート・ガバナンス史 データ分析で読み解く』 評者・平山賢一