テクノロジー特集

がんに勝つ薬 免疫で戦う「オプジーボ」 患者に新たな選択肢提供=村上和巳

    図1 がん治療の流れ(非小細胞肺がんの標準治療)
    図1 がん治療の流れ(非小細胞肺がんの標準治療)

     がんの治療では長らく「手術」「放射線」「抗がん剤」が三大治療と呼ばれてきた。現在でも一番確実な治療は、特定の臓器にできたがんを早期に発見し、手術で取り除くことで、がんが広がらないようにすることだ。手術がしにくい場所にできている場合は、放射線でがんを攻撃する。この手術と放射線は、がんができたところをピンポイントに治療するため「局所療法」と呼ぶ。

    特集「がんに勝つ薬」

     一方、がんが特定の臓器から他の臓器などへ広がった場合には、手術や放射線では対処不能になる。そこで抗がん剤を投与し、薬の成分を血液の循環によって全身に送ることで広い範囲のがんを攻撃する。抗がん剤は「全身療法」と呼ばれる。

     早期がんでも手術後の再発を予防するために抗がん剤を投与することがある。だが、一般にはがんの進行とともに局所療法から全身療法に移行していき、抗がん剤による全身療法に至ると、がんを完全になくしてしまうことはほぼ不可能になる。

     そこで2014年に新たに登場したのが、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬による治療法だ。

    図2 免疫チェックポイント阻害剤
    図2 免疫チェックポイント阻害剤

    免疫の働きを助ける薬

     ヒトの身体にとって「異物」であるがんは、免疫細胞が正常に働けば排除される。ところが、最終的にヒトの免疫細胞はがんに負けてしまう。免疫細胞を刺激して強化したり、あるいは体外で増やした免疫細胞を人に投与したりする治療法も試みられてきたが、目立った治療効果は得られなかった。

     がんに対して免疫細胞が負けてしまう謎を解き明かしたのが、18年のノーベル医学生理学賞受賞が決定した本庶佑(ほんじょたすく)京都大学特別教授らだった。

     本庶氏らは免疫細胞表面にある免疫が過剰に働くことを抑える分子「PD-1」を発見。がんは細胞の表面に「PD-L1」という分子を作り、これが免疫細胞のPD-1に結合することで、免疫細胞によるがんへの攻撃にブレーキがかかる事実も明らかにした。このPD-1のような分子は「免疫チェックポイント分子」と呼ばれる。

     この発見を受けて、人工的に製造した抗体を医薬品としてヒトに投与してPD-1とPD-L1の結合を阻止できれば、免疫細胞の攻撃でがんを排除できるかもしれないという仮説が生まれた。この仮説を基に開発されたのが、オプジーボをはじめとする「免疫チェックポイント阻害剤」だ。

     免疫チェックポイント阻害剤は薬であり、注射により全身にいきわたらせるという意味では全身療法の抗がん剤の一種と言えるかもしれない。だが、薬が作用する対象が大きく異なる。抗がん剤には、がんそのものを毒性のある化学物質で殺傷する「細胞障害性抗がん剤」(この治療は化学療法とも言われる)や、がんの生存に必須な分子を攻撃する「分子標的治療薬」があり、いずれもがんそのものを攻撃する。

     これに対して免疫チェックポイント阻害剤は、あくまで免疫細胞の働きを助けるだけで、がんそのものを攻撃するわけではない。このことから、免疫チェックポイント阻害剤は、抗がん剤とは別に分類され、手術、放射線、抗がん剤と並ぶ第4の治療と呼ばれている。

     免疫チェックポイント阻害剤の登場により、治療はどのように変わったのか。肺がんの約85%を占める非小細胞がんを例に説明する。

     非小細胞肺がんでは、病気の進行度合いにより、軽いステージ1からステージ4に分類される。極めて大ざっぱに分類をすると、ステージ1はがんが小さめで、肺のみにとどまっている状態、ステージ2は肺のがんが大きめで近くのリンパ節に転移がある、ステージ3は肺のがん以外にやや遠くのリンパ節までがんが転移している、ステージ4はがんの大きさにかかわらず、他の臓器に転移があるものとなる。

    「不治の病」の克服か

     おおむねステージ1~2、そして3の初期は手術でがんや周辺のリンパ節を取り除き、再発の可能性がある場合は手術後に抗がん剤を投与(術後化学療法)する。ただ、手術後に肺機能が大きく低下する恐れがある場合や、あるいは患者本人の体力が手術に耐えられないなどの事情がある場合は放射線で治療をする。

     ステージ3で手術が不可能で患者に体力がある場合は、がんの消失を狙って抗がん剤投与と放射線治療を同時に行う化学放射線療法、あるいは放射線治療のみを行う。患者の体力がない場合などは抗がん剤治療のみ。ステージ4では、もはや根治は不可能なため、抗がん剤治療のみで延命を図ることになる。

     免疫チェックポイント阻害剤は、こうしたこれまでの治療に新たな選択肢として加わることになる。早い場合ではステージ3の化学放射線療法後に再発予防を目的に使うことができる。

     また、ステージ4では、個々の患者のがんの特性の応じて延命の効果が科学的に証明されている薬(併用を含む)は2~3種類しかなかった。患者はこの2~3種類からある薬を投与し、それが無効になると別の薬に切り替え、この選択肢が尽きると多くの場合はそこで事実上治療は終了するしかなかった。ここに新たな選択肢として免疫チェックポイント阻害剤が加わった。

     免疫チェックポイント阻害剤を投与し効果が認められた患者の中には、画像診断でがんが見えなくなる、がんがそれ以上大きくならない、などの状態を長期間維持できていることもある。これまで完治不可能だった患者が、完治する可能性も指摘されている。

     免疫チェックポイント阻害剤が、がん治療にもたらした衝撃は大きく、現在も薬の開発が続いている。米調査会社BCCリサーチでは、免疫チェックポイント阻害剤の世界市場は18年の149億ドル(約1兆7000億円)から5年間で倍増し、23年には293億ドルに拡大すると試算している。

    (村上和巳・ジャーナリスト)


    がん新薬・オプジーボとは?

    Q どのがんに使える?

    A 現在、悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がん、胃がん、頭頸部(とうけいぶ)がん、ホジキンリンパ腫、悪性胸膜中皮腫の7種類のがんで投与できる。ただし、がんの種類だけではなく、実際にはより詳細な条件が定められている。また、今は保険適用されていないがんでも、臨床試験に参加して使うことができる場合もある。

    Q どれくらい効く?

    A 臨床試験での奏効率(治療前よりも30%以上がんが縮小した患者の割合)は、肺がん、腎臓がん、頭頸部がんが3割弱、胃がんが1割強、悪性黒色腫で最高4割程度だ。血液のがんである古典的ホジキンリンパ腫だけは例外で、奏効率が約7割ある。

    Q どこで使える?

    A 基本的に入院設備のない医療機関やいわゆるクリニックでは使えないと思ってほぼ間違いない。オプジーボは薬で強化された免疫機能が自分の体を異物とみなして攻撃する「自己免疫性疾患」が副作用として生じる可能性があり、早期に発見して対応しないと命に関わる場合もあるからだ。

     オプジーボを含む免疫チェックポイント阻害剤は厚生労働省の「最適使用推進ガイドライン」の対象に指定されている。薬を使える医療機関は、厚労相が指定するがん診療連携拠点病院、特定機能病院(いわゆる大学病院)、都道府県知事が指定するがん診療連携病院となっている。

    Q 自由診療クリニックの「がん免疫療法」との違いは?

    A 最大の違いは、オプジーボなど保険が適用される薬は、最新の科学に基づく臨床試験で有効性があると日本の厚労省を含む各国の規制当局が認めていることだ。

     裏を返せば、免疫チェックポイント阻害剤以外の「がん免疫療法」は規制当局が有効性や安全性を科学的に証明できるに足る試験結果がない。そうした治療は医療保険が使えないため、患者の負担額が非常に大きい。がん専門医の多くは、こうした治療法は受けない方が望ましいと強調している。

    (村上和巳)

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