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国際・政治 中国大失速

ベンチャー投資に異変 「焼銭」モデルが限界に=高口康太

荷台に載せて運ばれるシェアサイクルの山=北京で2019年2月 筆者撮影
荷台に載せて運ばれるシェアサイクルの山=北京で2019年2月 筆者撮影

 2月中旬の上海を訪れた。最高気温が13度を超える日もあり、例年に比べて暖かな陽気のせいか人通りが多かった。旧正月のお祭り気分が残る百貨店は、干支(えと)の豚を模した派手な飾り付けが施され、高級ブランド店にも客の姿が目立つ。活気づく街からは、中国経済の減速は感じられない。

 しかし、中国の成長の原動力でもあるベンチャー業界の関係者は、異変を感じ取っている。ベンチャーキャピタル(VC)や起業家はそろって「資本の厳冬」という言葉を口にした。

中国のベンチャーキャピタルの資金調達額は急失速
中国のベンチャーキャピタルの資金調達額は急失速

 中国のVC市場は2018年以降、明らかに失速している。清科研究センターの報告書によると、18年の中国VCの調達額は前年比13%減の3025億元(約5兆円)で、そのうち、中国本土で資金調達する「人民元ファンド」は、前年比35%減の1970億元へと激減した(図)。起業家を支える投資マネーがかつての勢いを失っている。

 失速の原因について、日本のSNS(交流サイト)大手LINEの中国地域投資責任者で中国ベンチャーの動向に詳しい何劼氏は「非上場企業のバリュエーション(価値評価)が高騰しすぎたため」と分析する。

瀕死のシェアサイクル

 中国では18年にスマートフォンやIoT(モノのインターネット)サービスの北京小米科技(シャオミ)、動画配信の愛奇芸(アイチーイー)、口コミ・出前サービスの美団点評(メイチュアン・ディェンピン)、ニュースアプリの趣頭条(チュートウチャオ)などネット企業の大型上場が相次いだが、多くの銘柄が上場後の一時期、発行価格を下回った。

「バブルの側面はあったかもしれない。プライマリーマーケット(上場前の資金調達)とセカンダリーマーケット(株式市場)の評価がかけ離れてしまった」(何氏)

 企業の実力と投資家の評価が乖離(かいり)した背景にあるのは、「焼銭」モデルだ。焼銭モデルとは、巨額の赤字を許容して広告や割引サービスに積極投資し、ユーザーの拡大を狙う手法を指す。市場で支配的な地位を築けば巨額の利益を得られるとの論理で、赤字が許容されてきた。

 その代表例が、中国で16年ごろから大流行したシェアサイクルだ。

 筆者は今年2月、北京市内の駅から徒歩20分程度の距離にあるベンチャー企業を訪ねるため、シェアサイクルを利用した。最初に乗った自転車はペダルが折れていた。次に見つけた自転車はハンドルカバーが外れていて、冬の外気にさらされながら冷えた鉄のハンドルを直接握らなければならなかった。街中にはいまだ多くのシェアサイクル用自転車が残るが、整備不良で使えない自転車が多い。

 シェアサイクル業界は、参入企業が相次いだ結果、過当競争に陥り、メンテナンスに手が回らない業者が相次いでいる。最大手の摩拝単車(モバイク)は美団点評に買収され、大手の一角のofo(オッフォ)は利用者から預かった保証金の取り付け騒ぎや自転車の供給業者への未払いで裁判になり、倒産間近との報道すらある。このシェアサイクル2強はそれぞれ日本円に換算して累計2000億円を上回る資金をVCなどから調達してきたが、自転車の大量投入や整理スタッフの雇用、海外展開、ユーザーへの割引などで資金は流出するばかりだ。

コーヒーは6~7割引き

 北京市では配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディチューシン)のシェアサイクルや、ハローバイクという新興勢力も参入している。こちらはまだ新しいだけに自転車の状態も良好で、モバイクやofoよりも利用者が多いようだ。多額の資金を投じてユーザーを獲得しても、別の事業者が新しい自転車を出してくると、すぐに乗り換えられてしまう現実がある。

 焼銭モデルの最新事例が、カフェチェーンの瑞幸珈琲(ラッキンコーヒー)だ。17年10月、北京市に1号店をオープンした後、急拡大を続け、中国国内の店舗数は18年末時点で2000店を超えた。今年中に4500店まで拡大し、最大手の米スターバックスを追い越す計画だ。

 筆者が行きつけにしている北京市内のホテルのラウンジの喫茶店も、瑞幸珈琲にくら替えしていた。店のカウンターには大量の紙袋が並べられていたが、デリバリーの注文にスムーズに品出しできるようあらかじめ準備しているようだ。滞在した1時間ほどの間、店内にはほとんど客はいなかったが、配送を担当する宅配業者が何度も出入りしていた。

 瑞幸珈琲の急拡大を支えているのは割引キャンペーンだ。筆者も3カ月ほど前に利用した際に送られてきた割引クーポンを使い、定価21元(約350円)のコーヒーを7割以上安い5.88元で購入した。すると、すぐにスマホに6割引きのクーポンが送られてきた。割引ラッシュでユーザーを集めているわけだ。

 この急拡大と割引を支えているのもやはり焼銭だ。昨秋、中国メディアが「(瑞幸珈琲の)18年1~9月の赤字は8億5000万元」と報じたところ、瑞幸珈琲は予想どおりと回答し、3~5年は利益を狙わないと宣言した。スタバを超える企業が生まれるならば見合う投資との算段だが、シェアサイクルの二の舞いになるとの懐疑的な見方も強い。

 焼銭モデルの成功例とされてきた配車アプリも、最大手の滴滴出行が厳しい状況に追い込まれている。同社はタクシー予約アプリ大手の快的打車(クワイディダーチャー)との合併、米配車大手ウーバーの中国事業の買収を経て市場を支配する地位を築いた。利益を見込めるステージに入ったはずだが、18年も109億元の赤字を計上、2000人をリストラした。同社の程維最高経営責任者(CEO)は創業以来一度も黒字化できていないことを認めている。美団点評や自動車メーカーの吉利汽車が参入するなど競争が続く中、滴滴出行はドライバー確保の奨励金に113億元を投じ、今なおカネを燃やし続けている。

「冷静さ欠いていた」

 中国のベンチャー市場では、ヒットしたビジネスに新規参入が集中する傾向があり、そこに投資家も資金を投じる。配車アプリ、シェアサイクル、出前、無人コンビニなど中国ベンチャーを代表するサービスはどれも、この「風口投資」(追い風の吹くジャンルへの投資)が生み出した。「人気ベンチャーへの出資は奪い合いで、評価額が妥当なものか、冷静さを欠いた投資が多かった」。あるVCの中国担当者は熱狂ぶりをこう振り返る。

 今年2月に資金調達(金額は非公開)をしたばかりのロボットベンチャー、雲迹科技の陳偉高級副総裁は、同社の技術力は高い評価を受けており短期的には問題ないと自信を見せたが、VCからの調達の難易度が増すのは間違いないと認めた。

「技術のないベンチャーは残れない。シンプルな話だ」

 理系の名門、清華大学傘下のVCで累計1億元以上、100社を超える企業に出資してきたタススターの劉博投資総経理は、「昨今の変化も、技術力という正道に回帰するだけ」と言う。勢いに乗って発展してきた中国ベンチャー業界は、大きな転機を迎えている。

(高口康太・ジャーナリスト)

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