大相続時代に広がる市場 「手続き屋」から「専門医」へ=岡田英/黒崎亜弓
日本は、まさに大量相続の時代を迎えつつある。1947~49年に生まれた「団塊の世代」は70代に突入。死亡者数は右肩上がりで、2017年は約134万人に上った。
「日本の将来推計人口(中位推計)」によれば、死亡者数は団塊ジュニア世代が高齢者にさしかかる2040年ごろにピークの約168万人に達するまで、増加し続ける(図2)。
家屋、土地、預貯金、株式はどうするか、経営する会社はどうしたらいいのか。「終活」を考え始めた団塊の世代だけでなく、それを受け継ぐ団塊ジュニアにとっても、相続や事業承継は身近な問題になっている。どの士業がどんな場面で頼りになるのだろうか。
「相続税」にシフト
税理士は、各種税金の申請・申告を代行できる唯一の士業で、「税金の専門家」だ。中小企業の顧問として税務申告の代行のほか、税務相談に乗るのが基本業務。しかし、「多死時代」に入り、相続税申告や、後継ぎがいない会社の事業承継のサポートのニーズが増えている。
相続税は、15年から相続税を課す遺産の基準が「5000万円+1000万円×法定相続人数」から「3000万円+600万円×法定相続人数」に引き下げられたことで対象が拡大。これにより、相続税がかかる被相続人は14年の5万6239人(死亡者数の4.4%)から15年は10万3043人(同8%)と8割増しになり、納税額は3割増えた(図3)。地価の高い都市部で家を持っていると課税対象になることも珍しくなく、相続税は資産家だけの問題ではなくなっている。
相続税の申告は、遺産が金融資産しかない場合など簡単なケースでは自力でもできるが、土地や未上場株式の評価は難しく、申告者の約8割は税理士に依頼している。税理士なら専門知識を駆使し、相続する土地の評価でさまざまな減額要件を適用して税額を抑えることができる。また、相続税の節税には生前贈与で財産額を減らしておくのが効果的で、贈与税の控除制度に詳しい税理士に相談するのも手だ。
相続税がかからない場合でも、人が亡くなれば相続の手続きは発生する。まずは遺産の分け方を決める必要がある。遺言書があれば、その内容に従えばいいが、ない場合は相続人全員で遺産分割の協議をして分け方を決め、全員が署名した「遺産分割協議書」を作成する。分け方が決まったら、被相続人が生まれてから死ぬまでのすべての戸籍謄本を集め、不動産や預貯金、有価証券などの名義変更をする。膨大な書類が必要で、大変な作業だ。
不動産登記を代行する司法書士は、遺産の中に不動産が含まれている場合、依頼を検討する候補となる士業だ。遺言書や、遺産分割協議書、預貯金や有価証券の名義変更などの書類作成は行政書士も対応可能だが、司法書士なら不動産登記と一緒に請け負える。
社会保険労務士は、社会保険や労働保険関連の申請や手続きを代行する士業だが、最近は事業承継の分野でも活躍の場を広げている。企業の合併・買収(M&A)の際、買収する側が社労士に依頼して、買収先に多額の未払い残業代がないかなどを事前に調べる動きが広がっている。
需要高まる「コンサル業務」
一方、IT化の進展もあり、役所への手続き代行がメインだった士業の仕事は、先細っている。例えば、司法書士の主な仕事だった登記の件数は、土地、建物、会社とも減少傾向にある。法務省の登記統計によると、2003年に1343万件あった土地登記は17年には806万件で4割も減少。建物、会社の登記も3割減っている。
代わりに需要が高まっているのが、顧客に応じて利害調整したり、解決策を見いだしたりするコンサルティング業務だ。家族信託普及協会の宮田浩志司法書士は「これまでは『正しい答え』を示すのが仕事だったが、老後の財産管理では家族にとって一番いい方法を導く役割が求められている」と話す。
家族信託は、財産を持つ本人が認知症にならないうちに管理する人を選んで託す制度で、財産の使い方などに裁判所による制限がある成年後見制度の欠点を補う制度として注目を集めている。
しかし、家族間で利害が対立することもある。そういったときに、手続きだけを踏んでいては利害調整できない。宮田司法書士は「家族全員の意向を聞き取って、方向性を合わせていく。その家族にとって『模範解答通り』がいいとは限らない。教科書レベルの解答しか示せないのは専門職じゃない」と指摘する。
一方で相続は、遺言から遺産分割、相続税の節税・納税、不動産登記、紛争解決、事業承継など多岐にわたる。家族の状況に応じて、関わる士業の数も増えるため、案件に応じて士業間を橋渡しできるようなネットワークも重要になってきそうだ。
(岡田英/黒崎亜弓・編集部)