経済・企業商社の稼ぎ方

資源バブルを経て「個人」で稼ぐ時代へ=種市房子/吉脇丈志

(出所)決算短信、年次報告書、取材を基に編集部作成
(出所)決算短信、年次報告書、取材を基に編集部作成

 最後のフロンティアとも言われ、成長著しいアフリカ。この地で、商社が従来の枠組みにとらわれない事業を展開している。

 三井物産が出資するETG社は、地元農家から豆類やゴマ類などの農産物を買い取って、加工・販売する。一見、商社が得意とする食料のトレード(売買仲介)にも見える。

 しかし、これまでの商社の食料トレードが大規模農家から買い付けをしていたのに対して、ETGは「ファーム・ゲート」と呼ばれる400の集荷・販売拠点で、個人農家から直接買い付けるのが特徴だ。

 ファーム・ゲートは、小売店のような構造である。接点を持つ個人農家は約200万。個々の農家から穀物を集荷すると共に、ファーム・ゲートを拠点として、農作物を売りに来た農家に肥料、農薬、消費財も販売する。ここで農資材の販売増も見込めるわけだ。

ローソン(右)事業を持つ三菱商社と、ファミリーマート(左)事業を持つ伊藤忠商事は、今後、顧客基盤をどう生かすか。
ローソン(右)事業を持つ三菱商社と、ファミリーマート(左)事業を持つ伊藤忠商事は、今後、顧客基盤をどう生かすか。

脱「資源商社」

 三井物産はかつて、石油、ガス、金属資源開発などの資源分野が利益の8割を占めるほどで、資源商社の色合いが強かった。資源開発事業に一定額を出資して、採掘した資源を大手電力や鉄鋼会社などの企業を顧客として、大量に販売するビジネスモデルだ。

 一方で、個人を強く意識した事業への投資も進めている。2018年11月には、アジアで病院事業を手がけるIHHへの追加出資(2232億円)を決めた。顧客は個人の患者。個人個人が体調が悪い時に来てもらえる病院にするための設備・サービス整備が欠かせない。

 アフリカにはいち早く進出し、自動車販売や日系自動車メーカーが現地生産するのを支援していた豊田通商も、個人を強く意識したビジネスを拡大している。従来は、自動車の販売先は政府や企業が多くを占めた。しかし、今後は個人にも自動車を販売するべく、商品開発や販路開拓を進める。

 丸紅は、大型発電所を運営し、地元電力公社などに長期で売電する独立系発電事業(IPP)を得意としている。このビジネスモデルは大規模な送電網を要するが、アフリカにはそれがない。そこで丸紅は、未電化地域で各戸に太陽光発電キットを提供し、電力を供給する事業に参画した。

 商社は従来、BtoB(法人向け)の大規模事業を得意としていた。だが、10年代後半になると、BtoC(個人向け)、あるいは個人を意識した、時には小規模な取引事業にも進出している。何が起きているのだろうか。

 総合商社大手5社(三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、住友商事、丸紅)の20年3月期連結最終利益予想は、伊藤忠以外が過去最高を掲げる。ただ、伊藤忠も過去最高だった19年3月期(5005億円)に迫るレベルだ。

00年代に1000億円超え

 業界トップの三菱商事は20年3月期最終利益予想を6000億円と見込む。ただ、この数字はやや保守的に見積もったもので、中期経営戦略では22年3月期の最終利益目標を9000億円に設定している。目標達成の戦略に挙げるのは、最終消費者に近い「川下分野」(囲み参照)と、電子商取引(EC)などサービス分野の強化だ。

 三菱商事が初めて最終利益1000億円を突破したのは04年3月期。22年3月期で9000億円を達成すれば、18年間で9倍に拡大したことになる。

 急速に利益を拡大したのは三菱商事だけではない。三井物産が05年3月期、住友商事と伊藤忠が06年3月期、そして丸紅も07年3月期に「1000億円クラブ」入りを果たした。その後、00年代後半に利益を大幅に増やし、4社は19年3月期実績で2000億~5000億円台へと乗せた。

 00年代の総合商社躍進の背景には、資源ブームがある。

(出所)各社決算資料を基に編集部作成
(出所)各社決算資料を基に編集部作成

冬の時代乗り越えて

 商社のルーツは、繊維や鉄鋼製品などを輸出入・売買仲介する「トレード」にある。しかし、1990年代からメーカーが商社を「中抜き」して、自らが輸出入や顧客への販売を行うようになった。この「商社冬の時代(商社不要論)」を克服しようと編み出されたのが、事業投資への転換だった。

 トレードでかかわってきた産業に投資をして、時には経営陣を送り込んで経営判断にもかかわり、事業の利益を取り込む。さらに、投資先の事業や資産を売却して利益を得るエグジット(投資の回収)戦略も有効だ。

 00年代にもっとも収益貢献した事業投資は、資源開発といっていいだろう。商社は、元々、石油や鉄鋼製品のトレードを手がけていた。00年代、トレードから事業投資への転換が進む中、多くの投資資金が振り向けられたのが銅、鉄鋼石、石炭、ガスなどの開発事業だった。商社は多額の資金を拠出できることやトレード時代の知見があったからだ。00年代半ば、原油価格は1バレル=100ドルを突破するなど、軒並み鉱物資源価格が上昇した時期でもあり、相対的に安価で開発した案件で採掘した資源を高値で売れた時代だった。

 つまり、「安値で仕入れて、高値で売る」を実現し、大きな利益をひねり出した。

 しかし、リーマン・ショック後の10年代半ばに資源価格が急落。15年3月期~16年3月期、住友商事、三菱商事、三井物産が赤字決算に陥った。

 資源価格下落の要因は、世界的な景況感の悪化や、米国のシェールオイル・ガス開発に伴う需給の緩みだった。そこで、確実に衣食住の消費をする個人を意識した事業を拡大する動きにシフトした。日本のような先進国でも、新興国でも個人の顧客基盤を築けば、所得増とともに新たな物・サービスを提供できるチャンスが生まれる。国の経済成長を自社の収益に取り込めるのだ。

 住友商事子会社の「ジュピターテレコム」は、主力のケーブルテレビ事業の回線を使い、電力供給や、家電遠隔操作などのサービスを順次加えてきた。500万超の顧客基盤にアクセスして、付加サービスを勧められる長所は大きい。

 消費者を意識した事業は非資源事業に多いが、例外もある。双日は、日商岩井時代に進出した天然ガス開発事業の知見を生かして、現在、ガスの最終消費者である企業向けに供給するビジネスをベトナムで推進する。

個人データ活用視野

 今や、商社が手がける農業資材、食料品、病院、自動車ローン事業で、個人と接点を持てば、購買履歴や消費パターンなどのデータも取得・加工が可能な時代に入った。このことも、商社が個人を強く意識した稼ぎ方に注目しているゆえんだろう。伊藤忠は18年、ユニー・ファミリーマートホールディングスに1200億円を追加出資して子会社化した。コンビニの分厚い顧客データを生かして、フィンテック(ITと金融の融合)を使った新たなビジネスを作りたい、という狙いが見える。

 ただ、個人向けビジネスは競合も多く、価格競争にも陥りやすい。商社のどのような強みを生かして打ち勝つのか、必勝法は確立されていない。

 現在は市況が持ち直し、資源ビジネスが商社の収益を支えてはいる。だが各社、もう一段の成長に向けては個人へのリーチは欠かせない。業績が最高益水準で推移する今だからこそ、稼ぎ方の進化が求められている。

(種市房子・編集部)

(吉脇丈志・編集部)


商社とバリューチェーン

 商社でビジネスを組み立てる際、頻繁に使われるのがバリューチェーンという概念だ。商業の流れを、上流(川上ともいう)=原材料調達、中流(川中)=生産・加工、下流(川下)=流通・小売り・サービスに分けて、各プロセスが生み出す付加価値を連鎖的に取り込むことだ。食料品のバリューチェーンの例として、上流=魚や青果物の生産や調達、中流=魚や青果物を缶詰に加工、下流=缶詰を卸売り、スーパーで売る、という流れが考えられる。商社はこれらの事業に出資して、各段階で利益を取り込む。

 上流ほどBtoB(法人向け)事業の色合いが強く、下流に行くほどBtoC(個人向け)事業の色合いが強い。総合商社は、財閥や銀行グループ内での営業部門的な機能をルーツとしており、事業領域が広い。このため、バリューチェーンの思想を経営に早くから取り入れていた。

(編集部)

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